2007年11月1日

名機達がつぶやく声が聞こえますか?。

此方のカメラは35mmカメラといえば一眼レフの時代に、ライカ入門機として1973年、「LEITZ minolta CL」(海外では「LEITZ CL」ブランドで発売され、設計はライツが行い製造をミノルタが担当したと言われていまして、既に発売されていたライカM5とほぼ同じコンセプトのTTL露出計を組み込み、全く新しい考えのコンパクトで廉価なライカ・コンパクトライカ(CL)として誕生した35mmレンジファインダーカメラです。処でこのカメラを製造した会社は、1928年11月に小さな光学機器メーカー『日独写真機商店(のちのミノルタ)』が武庫川河畔で産声を上げ、1985年世界に先駆けて本格的オートフォーカス一眼レフシステムを生み出し「α-7000」は世界中で大ヒット、海外からの逆輸入現象も起きたほどでしたが、1987年、アメリカ合衆国ハネウェル社が、同社の保有するオートフォーカス技術の特許侵害で訴訟を起こし、ミノルタは約1億ドルもの和解金を支払うこととなって、2003年8月に「コニカ株式会社」と経営統合、2006年1月にはカメラ・フィルム事業からの撤退してデジタル一眼レフカメラはソニーに譲渡、同年3月末をもって、長年続いたカメラの歴史に幕を下ろしてしまいましたが、銀塩(フィルム)カメラの分野で日本のカメラ界を常に牽引し続けてきたミノルタの名機達がつぶやく声は、どこ行くの...........。
発売時期   1973年(昭和48年)〜1976年(昭和52年)
名称      LEITZーMinolta CL
       5mmレンジファインダーカメラ
レンズ    M-ROKKOR QF 40mm F2 4群6枚(ミノルタ製)
LEITZ SUMMICRON-C 40mm F2と同じ設計2社で生産
シャッター  フォーカルプレーン機械式布幕縦走り
        1/1000・1/500・1/250・1/125・1/60
        1/15・1/8・1/4・1/2・B (X接点 1/60)
ファインダー ファインダー倍率 0.6倍 パララックス自動補正
レンズマウント ライカMマウント
測光方式   TTLスポット測光 Cds受光素子
        感度設定 ASA(DIN)25?1600
サイズ    W121×H78×D54(40/2レンズ付き)498g
発売時価格  95,000円(40/2レンズ ケース フード付き)
    
※電池の寿命はかなりながい(使用電池HD 1.3V現在生産完了)関東カメラサービスから発売されているアダプターを使用すれば,現行品の電池が使用可

2007年10月3日

LEICA M4 black paintの願い

フルカラーで撮り直しができるデジタルカメラが主流の今、アナログカメラの名機「ライカ」もう随分と使うこともなく防湿庫のとある隠し部屋で眠っている。手作業で精緻につくられた職人技の結晶で、スナップカメラとして最適なライカは、目立たない存在であって欲しいと願うプロカメラマンの要望に応えるべく、ブラックモデルが製造されたと言う話を昔に聞いた記憶が有りますが、現在では歴史を刻む限定版ライカM型カメラは、稀少価値の高いコレクターズアイテムとして人気があって、当時のプロカメラマンの願いとは違って、どこ行くの...........。 旅人も若き頃の昔を思い出して、白黒写真にこだわって、モノクロ写真の面白さを再び味わいたいと感じた一日でした。
LEICA M4 black paint Year:1970   Serial No1246201-1248100 From - Toblack paint M4が製造され始めた1960年代のブラックモデルはペイント (焼き付け塗装)が主流だった。ただし台数は少なく、 約5000台が製造されている。

2007年9月30日

我が家の銀塩カメラ達

早いモノで、旅人が写真界の第一線から身を引いて10年の時が過ぎている。我が家に残る銀塩カメラ達は時折私にさわられるのを待ちながら、温度と湿度を一定に保ちカビ、変質を防ぐために防湿庫で静かに眠っているが、コダックが2004年1月に「2004年末をもって35mmリローダブルカメラの生産を打ち切る」とフィルム写真の終焉と受け止められる発表して 、 2006年1月、ニコンも同様に、ハイエンド機F6とローエンド機FM10を除いたフィルムカメラの生産を打ち切ると発表した。 そしてキヤノンも2006年5月25日に、新しいフィルムSLRカメラの開発を中止すると発表した。 恐らく、直接的なデジタルカメラとの競争と、中古フィルムカメラ市場拡大が原因であると思われるが、私が20数年お世話になっていたHCLの特約業務をしていた会社が廃業しているのを知って、どこ行くの.......、銀塩写真とふと寂しい思いを感じました。

2007年9月29日

新と旧の助け合いMac

●M8861J/A iBook G3/800●PowerPC G3/800MHz / 640MB / 30GB512KBcache12.1inch ●システム  : OS9.2.2 OS X10.3.9 30GB●メモリー容量 : 1.5GB旅人が愛用しているMacの中で、一番新しいモノで、ネット環境のない職場にて徐に時間を見つけては、ホームページ制作などをして、MOにて データのバックアップを自宅に持ち帰る為購入したモノですが、最近は殆ど私の右サイドで、メール確認程度しか起動しませんが、その下にPower Macintosh 7100/66AV此こそが、私が驚きと感動に魅せられ初めて購入したMacですが、私の無謀ないじめでロジックボードが精神障害を起こしたみたいで、起 動するがその後は鮮やかでカラフルな万華鏡、とても文字などが見える状態では無く一度オークションに☆USED☆JUNK★として、パーツ出品致しました が、私が出品しているオークションサイトはYahoo!様とは違って、PCパーツなど殆ど見向きもしなく管理するだけ時間の無駄を感じて出品を取り消して 現在は、iBookの冷却台として我が家に抜け殻が存在しております。実は、この初代Power Macも震災の生き残りで、その後数年私と元気に過ごして、どこ行くのMac.............。と感じていたと思います。

2007年9月28日

メインのMacです。

●M7893J /A : PowerMacintosh G4 500 Dual ●システム  : OS9.2.2 OS X10.3.9 ATA80GB×2 ●メモリー容量 : 1.5GB 上記を旅人が、現在メインに使用しているMacですが、下記のMacには、過去のデータが全て保存されていて、coregaのCPU切替装置でで、時折過去の記録を探し ながら、夜な夜な日々日々、どこ行くの...........、を探し求めています。 ●M6156J/A ●Power Macintosh 9600/300 ZIP 旅人が、今まで一番改造したMacです。余りにもいじくりし過ぎて、現在のスペック詳細は、定かで有りませんが、CPUは、G3 450にUPして、メモリーも最大値1GB挿して、拡張ボードも空きスペースは無くシステムもパッチ当てをしてOS9.2.2で起動させています。